接触(2)


憂鬱な顔をしている晶が市電に乗っていた。


「次は浦上」

電車が停留所に到着した。ドアが閉まりかけた時

「あ、すみません、降ります」

と言って晶は慌てて飛び降りた

浦上の停留所で彼女は手を挙げてタクシーを呼ぶ

「西海橋までお願いします」

その光景を、少し離れた場所の車の運転席から見ていた少佐と部下達がいた。

その少佐達もタクシーの発車にあわせ、タクシーを追う。

もちろん晶は少佐達には気付いていなかった。




晶は車中で海を眺めながら今日の一連の出来事を思い出していた

第50回全国ヴァイオリンコンクール会場。

一心不乱にヴァイオリンを弾く晶。

賞状を受け取り、拍手が鳴り響くが、晶は全く嬉しくなかった。

「どうしてこの私が準優勝なの!」

晶は賞状をゴミ箱に




そんなことを思い出していると、西海橋に到着する。

橋の前にたたずむ晶。



その後ろから付いてきていた少佐の乗った車が橋の前で停車した。


「遠藤晶さんですね」


晶は驚いた表情をして

「あなた達は誰?」

少佐はTDカードを掲示し

「 自分は長崎県警から依頼されて貴女の警備をすることとなりました、私立探偵(注:身分を隠す為に

「私立探偵」と称しています)のクラウス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハと申します。」

突然、晶は覚悟を決めたように、ヴァイオリンを橋の下の川に向かって投げ捨てた。

ヴァイオリンは下へ、川へと落ちていった――

すっきりしたような表情で晶はまたタクシーへと戻り、長崎まで戻るよう促した。

タクシーが走り去った後、少佐は大きくため息を付いた。

「ありゃちょっと手がかかりそうだな・・・」




数日後・・・

友達二人とテニスのラケットを選ぶ晶。本当はレッスンの日だ。

「ねえ晶、レッスンは?」

友達は心配していたが、

「いい加減解放してやったんだ。自分を」

と答えてトボけていた。


ある橋の下の通り。

3人でアイスをなめながらなかよさそうに会話をしていると、橋の上に見たことのある人影が・・・

逃げる晶。車で追う少佐。

晶はある教会の中に入り、ため息を付く。逃げ切れたようだ。

しかし、少佐はしっかり付いてきていた。

祭壇の前の晶に追いついた少佐は、先日捨てたヴァイオリンのケースを差し出した。

「川から探し出すのが大変だったぞ」

ヴァイオリンを渡そうとすると、少し怒ったような顔で晶は口走る

「私、もう止めたんです」

晶はヴァイオリンを受け取らない。

少佐は真顔で

「何故、ヴァイオリンを捨てたのだ」

遮るように晶が言う

「神様に言ったから」

少佐は不思議そうな顔をした

晶はすました顔で

「わたし、願掛けしてたんです。優勝したら、思いが叶うって。でも、2位だったから」

少佐は彼女の言ってる意味を理解できなかった。

「願掛け?」

少佐は辞書で調べている。やっと意味を理解し、顔を上げると、そこには晶の姿はもう無かった。



「2位じゃしょうがないよね……」

神社で願掛けをしていた時のことを思い出す晶。

ご縁があるように、という意味で5円玉を賽銭箱に放り、

「秋のコンクールで優勝できたらあの人に会える」と2回繰り返した。

しかし2位だったのだ。神様もそこまで甘くないよね、と晶はあきらめ顔をした。




中学1年生の秋・・・・

「どうしてうまくいかないのよ!」

晶はヴァイオリンを上手く弾けず、床にたたきつけようとしていた。

すると、一人の少年が止めた。

「あなた誰? どうして止めるのよ!?」

晶は怒った口調で少年を怒鳴りつけるが・・・

「ヴァイオリンのせいにしちゃかわいそうだよ。それに…もう少しでステキな音が出そうな気がしたんだ」

晶はヴァイオリンをまた弾きはじめる。

「転校生(あいつ)のせいでやめられなかった・・・」

晶は一心不乱に引き続ける。

少年は拍手をしながら口走る

「何か・・・燃えるような音色だね」

晶は、少年の言葉に過剰反応したのか、むっとした顔で、しかし赤くなる。

「分かってなんかないくせに・・・!」


雨の日。傘をさし、音楽室の外から今日も少年は晶の練習を見ている。

風の日。やはり少年は教室の外で見守っている。

晶はも気になって「彼」を呼ぶ

「そんなとこじゃなくてこっちに来れば。気が散ってしょうがないじゃない」


楽譜を落とし、拾おうとして少年と手が重なり合い、赤くなる晶。


少年が遅くなっても来ない日。ずっと待ち続ける晶。練習に身が入らない。

楽譜に少年の似顔絵を描いていると・・

「これ誰?」

後ろから少年が肩に手をのせた。

驚いた晶は似顔絵をごまかすように楽譜をぐちゃぐちゃにかき回す。

「誰って?誰でもいいじゃないの!」

晶は恥ずかしそうに赤くなる。


晶の演奏を聴いている音楽の教師。

「遠藤さん、よくなりましたね」

驚いた顔の晶。

「音の表情が豊かになりましたよ」

窓の外の少年に笑顔を見せる晶。

少年も、思わずVサインをし、晶に向かって言った

「今度のコンクール、絶対優勝だね!」


第38回全国中学生ヴァイオリンコンクール。

最高の演奏を披露し、晶は優勝。拍手が響く。しかし観客席には少年の姿はなかった。

「それから・・・・」

涙がにじんでいる晶。

「また風のように転校(きえ)ちゃった・・・・」


つづく